名古屋ウィメンズホイールチェアマラソン2016

(平成27年2月発行 あいちのスポーツリージョナルマガジン「aispo!」より)

「名古屋ウィメンズホイールチェアマラソン」は今年3月8日、名古屋ウィメンズマラソンと同日に行われる。ホイールチェアマラソンとは、軽量化された「レーサー」と呼ばれる車いすに乗り、その速さを競うスポーツ。男性トップ選手の平均時速は平地で時速30㎞、下り坂では時速50㎞を超え、42.195㎞のフルマラソンを1時間20分台で駆け抜けるスピードレースだ。「このスピード感を、ぜひ目の前で体感してほしい」。そう語るのは、女子車いすマラソンの世界記録保持者、土田和歌子選手。現在国内において、この人の右に出るものはまずいない、と言っていいだろう。
「車いすマラソンの認知度はまだまだ低く、国内における選手人口も少ないのが現状。そんな中、名古屋の大会は車いすマラソンを知らない方に興味や好奇心を持ってもらえる貴重な場所だと思っています。選手たちが街なかを走り抜けることで、道行く多くの方々に競技を身近に感じてもらうことができる。生のレースは、映像を通して見るのとは迫力が全然違いますから」。



コースはナゴヤドームから瑞穂陸上競技場までの10.5㎞のクオーター。土田選手のようなフルマラソンの選手から、中距離、短距離の選手までが一堂に会すため、他の大会にはないおもしろみがある。全体的にフラットで走りやすい道が続くが、新瑞橋交差点からのラストスパートにはレースの勝敗を左右するカーブや上り坂があり、トップ選手が「レーサー」を操るテクニックにも注目が集まる。
「車いすマラソンでは空気抵抗がレースの鍵を握ります。集団のトップを行けば、当然空気抵抗を強く受けるため、その分体力の消耗も増える。そういった選手同士の駆け引きも見どころの一つだと思います」 土田選手は現在40歳。19歳で競技に出会ってから21年間、世界を舞台に活躍してきた。2005年に所属先のコーチであった高橋慶樹氏と結婚し、2006年に出産。子育てと競技を両立する姿は、多くの女性に勇気を与えている。「両立というと聞こえはいいですが現実はそんなにきれいなものではなく、現場は毎日戦場のようです(笑)。大変さを感じることも多いけど、競技者として自分が戦う姿を子供に見せることができるのはうれしいですね。子育てを一人でこなすのは到底無理で、身近な人たちや地域の協力がなければ、ここまで来ることはできなかったと思います」
結婚、出産という大きな環境の変化を乗り越えて挑んだ2008年の北京パラリンピックでは、レース中に選手同士の大クラッシュに巻き込まれて入院。引退の2文字が頭をよぎるも復帰を決意し、同年の東京マラソンでの優勝を皮切りに、多くの大会で好成績を収め、2013年大分国際車いすマラソン大会では自身の持つ公認世界記録を更新した。しかし、これだけの偉業を成し遂げても、本人はまだやり尽くした感はない、という。
「世界には強豪選手がたくさんいますし、越えられない壁がたくさんある。挑戦者としてまだまだやるべきことがあるな、ということを常に感じています。選手としての直近の目標は、やはり2016年のリオデジャネイロパラリンピックの切符を手に入れること。ここまで一戦ごとに目標を立ててやってきましたが、ようやく最近リオが見えてきました。もちろん金メダルを狙っています」

そうなると気になるのは2020年の東京パラリンピック。招致の際にはパラリンピックのアンバサダーとして貢献しているだけにその出場が注目される。「自国開催で、しかも地元東京で行われる。考えただけで興奮しますよね。選手として出場している自分の姿を思い描くこともありますが、年齢からくる体力の衰えなど現実と向き合わなければならないこともたくさんあります。一年一年トレーニングを積んでいく中で、2020年が見えてくれば当然出場したい、とは思っています。でも受け入れなければいけない現実もある。どんな形で参加するにしても、大会を盛り上げて成功に導くお手伝いができたらいいなと思っています」

土田和歌子

1974年10月15日、東京都出身。高校2年の時に交通事故に遭い、脊髄を損傷して車いす生活となる。93年アイススレッジの講習会に参加したことがきっかけで競技を始め、98年長野冬季パラリンピック、2004年アテネ夏季パラリンピックで金メダルを獲得し、日本人史上初の夏・冬パラリンピック金メダリストとなる。その後も国内外の大会で好成績を収める。東京マラソンは8連覇中。2013年10月には自身の持つマラソン公認世界記録を更新(1時間38分7秒)。現在は八千代工業に所属、海外の大会を中心に活躍中。